高架下の鉄筋の隙間。
人が通れなさそうなそこから湧き出ている流動体に踏み込むまいと力を入れる。
思いっきり滑って後ろに倒れこむ。コウダが受け止めてくれた。
「だいじょぶか」
「ダイジョブ」
ずるずると足を持ち直して息を整える。
ぎょぐぁがわぇあおああああああーーーーー
前の気持ち悪い何かから気持ち悪い音がして、ぐにょぐにょする目の前の何かが左のほうに吸い寄せられるにつれ、音もしなくなった。
消えたその先の車道。
未だかつて見たことない露出度で体にぴったりした服――もしかして噂で聞いたことあるボディコンってやつか――着用のお姉さま。
オレンジっぽい長い髪をなびかせてピンヒールで仁王立ちするナイスバディ。
手にしていた紙。ゲームのアイテムでよくある悪魔の契約書みたいなそれをくるくる巻いて、壺かに突っ込んで蓋をしている。
横にいるボロイGパン・Tシャツで赤いバンダナを頭に巻いた男のキャラは、お姉さんから渡された壺をジュラルミンケースにしまって鍵をかけた。
「あれは大丈夫な奴。もう行くぞ」
コウダが元ネタ知ってるやつだったか。
再び走り始める。
結果的にちょうどいい途中休憩になった感じだ。
ただ、真後ろで鉄骨に何か当たる音がしたのはよくないぞ。
響き渡る銃声の出所は凄い切れ込みのホットパンツをはいた黒髪のお姉さん。
元ネタどおりの肩の入れ墨。両手に持った拳銃で撃ちまくっている。
高架に入る前にコウダが放った心配してもしょうがないという言葉は体中に染み渡る。
当たったらゲームセット。それだけ。
だから、気にしない。
背中から赤い翼を生やし、頭らへんが蝙蝠っぽいデザインの青いからだの男キャラ――すごい悪役っぽい――に対峙しているのが、天使の翼を複数背中に付けた、頭らへんからも同じようなのを生やした白っぽい男のようなキャラ――正義の味方か?――だってことも気にしない。
その向こう側に佐藤とよく似た人が見えるのは? 気に…気に、しない。しない。
赤くて長い武器っぽいものを持った坊主頭でチビの男の子は、額に第三の目がある。神様の名作の一つだよね。でも、気にしない。
ロン毛でラスボスっぽい吸血鬼もジャケットと赤いTシャツで10tって書いたハンマーで殴られてるおっさんもでかい十字架っぽい銃担いだお兄さんも百鬼夜行の主も悪魔の孫の人間も何もかも、気にしない!
しかしまあ次から次へと忙しい。
時代劇と違って見た目がわかりやすくて、画風で作品カウントできるせいもあるだろうけど凄い出現率だ。
今回は俺も元ネタが結構わかるから余計に気になる。
もしかするとコウダには安藤さんの『中』もこれに近い感じに見えていたのか。
今になってあの時のコウダがいかに俺の馬鹿な振る舞いに肝を冷やしていたかと思うと申し訳なくなった。
それに…しょうもないことだけど、こんな鮮明なコピー、頭の中だからアリなんだよね。
小説とか漫画とかだったら著作権侵害で訴えられる可能性もあるんじゃあ…。
すみません。好きなんです。
シリーズ丸ごとはちょっと無理だったとか、全巻じゃないとか、いいとこしか見れてないのも多少はあるかもしれないけど、絶対全部見てます。
あれ、なんで俺、謝ってんだろ。
でもやっぱなぁ。頭ン中とはいえ、本当に大丈夫なんだろうかこれ。ぎりっぎりで…
「ぎりっぎりですわ!」
俺の内心を読み取ったかのように、バイクの風圧・ドリフト音とともにそこにまたがるひらひらした服のお嬢様風女の子キャラからセリフが飛び出した。
もう一台並走していたバイクはドリフトに失敗したのか吹っ飛ばされて明後日のほうの鉄骨に激突している。
吹っ飛ばされたバイクと止まったバイク両方のヘッドライトに照らされた先では、金髪で長ーいスカート。
スケバン風の女の子キャラが向かい来る野郎ども――そう、複数形だ――を素手でフルボッコしている。
返り血を浴びた目つきが怖い。
いいやもう。どっちにしろ逃げるという選択に変わりない。
走るモチベーションを取り戻すんだ俺。
スケバンとそっくりさんが見えなくなると、今度はまた銃声だ。
『エイジ』『アッシュ』と呼び合うアジア系の同じくらいの少年キャラと金髪の白人系美少年キャラ――といっても俺よりは年上だろう――がマフィアっぽい人に追われている。
次は、またも額に目がある、今度はかわいい女の子キャラとおでこに何か字が書いてある糸目の男キャラ。
妖怪・銃声・悪魔などなど盛りだくさん。
この巻き添え食いそうな暗い閉鎖空間はいつ出られるんだ。
明らかに出口の光は近くなってるけど、まだか。まだそこじゃないのか。
だいぶ見えるようになってきてるのに。
カチューシャをつけたセミロングパーマの男キャラとすっっっごい衣装のロングヘアお姉さんキャラが光で見えなくなると、その二人の代わりに向かいから2台の車がほぼ並走して突っ込んできた。
もちろん、漫画に描かれた車。
ヘッドライト。光源これだったか。じゃ出口はまだ?
ボディが歩道の手すりギリギリ。でも、こすっているような音はしない。
こっちに突っ込んでくるかと思えたそれはガードレールに沿って通り過ぎた。
見間違いじゃなければ、車体には何とか豆腐店と書いてあった。そんな馬鹿な。レース用の車じゃないのか? 暗いから気のせいか?
いや、だいぶ明るくなってきてる。あのヘッドライトじゃなくて、外の光だ。
足元がはっきり見える。
出口の向こうの、ボクシングの時よりも大きな歓声が聞こえ始めた。
光が広がっていく。
後ろからローラースケートのような物を履いた学ランの男キャラや私服の若い女子キャラたちが走ってきた。
モーターでも付いてんのか? 速度がおかしい。
普通のと違ってでっかいホイールが片足につき二つ、縦に並んでついている。
そしてうち何人かはガードレールの上に飛び乗り、さらに俺たちの目の前の、高架の柱に滑らかに飛んで横向きに走っていた。
さらにそのうちもう何人かは流れるように天井へと遷移。
重力に逆らって外に滑りだしていく様は鳥のように自由。
誘われるように、光と歓声の中に飛び込んだ。