港のレストランへようこそ 25

「お久しぶりです」
 と言ってはいるナム副隊長とベジェ伍長だが、ナム副隊長だけ気まずそうなのは当然だろう。
—————前回のお帰りのご様子がアレだったからな。
 対魔物訓練計画の確認という大儀を前に、頑張ったおとなの子。そういう様子に見えた。
 部屋に入ると早速、
「計画はこちらで?」
「はい」
 ひと通り以前聞いた話から、この辺りで取れそうな対応を練ってまとめた計画書が机上に広がっている。
 事前に目通しはしていると思ったが、寧ろ追記した状態のメモを手元に持っていた。
「指摘としては、矢張りこの遠浅のあたり、人が立ち入りかねないですね。
 あとこちら。有毒生物が多いとのことですが、魔物には関係ない。
 港の海底と合わせてこの二か所の対処をもう少し強化したほうかよいかと」
「そうしたいのですが、特に有毒生物対応についてよい手立てが」
「でしたら…」
 案が詰まっていく。
 先日からチリカに対して色々軍人としてあるまじき失態を犯してきたあの場所。
 もう待ち合わせには使えなさそうなことははっきりした。
 監視をかいくぐって逢うには…
—————俺、何考えてんだ。
 仕事中。
 ハニートラップに引っかかった奴がやることと、あの日から今に至るまで自分がやっていることが全く一緒。
 だが、逢引なんてマネがあの場所ではできなくなるぐらい訓練を積まないと、またあの魔物が出現した時に対応が難しい。
 少なくとも、あの時チリカが俺を助けなかったら俺は確実に死んでいた。
 魔物が再び港に現れていない理由が不明。
 退治できていない魔物は他の魔物を呼び寄せて戻ってくることがある。
 報告等から、群れない種類のものとのこと。再出没の可能性は低いとはいえ中長期の対策は必須だった。
 俺の報告から伝わった魔物についてコウペイ街の部隊で追加調査した際、この港に出現する想定サイズよりも一回り大きかったのもある。
 漁は再開していて、漁師連中は安穏としている——というか、生活のために致し方ない——のだが、軍の出番ではあった。
 ランドルは、
「装備品も増やした方がよさそうですね」
「ええ。海中向けのものを追加購入しておくのをお勧めします。
 前回拝見しましたが、かなり古いものも混ざっているようでしたので」
「予算がなぁ…」
「え?」
 ぼやくランドルに、『これで?』と驚くナム副隊長とペジェ伍長。
 二人に俺から、
「大都市のコウペイ街と違ってここはこぢんまりっちゅうか、のんびりしてるんですよ。
 予算配分も残念ながらね。
 特に、対魔物なんて当初予定外でしたから」
「7割までなら何とかなるだろうけどな。残り3割…」
「街で募ってみるのは?」
「んんん…ある程度急ぎだし、しかないかもな」
 ランドルは天を仰いだ。
 漁師や住人は生活に関わるため、おそらく出すだろう。
 しかし、首都から見回りに来る奴らはそうはいかない。
 街で個別に軍から金を集めたとなれば、不正な統治がまかり通っている可能性と捕らえ、もうそこが抜けるまで穴をほじる事請け合い。
 その時最も疑われるのはランドル。
 次が俺。
「首都からの見回りの時期を2週間くらい見て、確定したところで、訓練に間に合うかどうか判断しよう。
 装備が訓練に間に合うようなら、首都からの見回り時に事前に話を付ける。
 間に合いそうになければやった後ほじり返されることにするか」
 ランドルの言葉に渋い顔をしながら、
「分かった」
 時期未定の首都軍人の見回りがこんなに面倒の種になろうとは。
—————この前サムズの『あ゛ー』を俺が今言いたい。
 ひと通りの今後の予定が見えたところで、明日・明後日で模擬訓練。
 今日はあの後の再確認を実施するにとどめることとなっていた。
 ナム副隊長とペジェ伍長はあの時と同じく海中に潜り、
「やっぱり、特に異変ないですね」
 ルースと俺も先日計画書を出すタイミングで潜って確認していたが、同じ結論。
「であれば、明日の模擬訓練は予定通りですね」
「ええ」
 チリカはその様子を察してくれるだろうか。
 今は来ていない時期だから、何の問題もないのだが、チリカがここに来る時期にはおそらく定期的にあの沖の岩場に行っている気がする。
 普段は一ヵ月をおおまかなサイクルとして、2~3日の滞在期間。
 そのうちのいつ沖に行っているのかはわからないが、あの場所のうすぼんやり生活感がある状態からすると少なくとも月1回は寄っているだろう。
 今回、ナム副隊長がここに来る時期とチリカが来る時期がバッティングしなかったのは幸いだったが、今日以降継続されるだろう対魔物訓練とチリカがバッティングする確率は高くなる気がする。
 警戒心が強い女だから多分大丈夫だろうとは思うものの…。
 詰所に戻り、明日の流れを確認した後でひとしきり考える。
 声を掛けられ、普段の訓練の指揮官に戻る。
 ほとんどのその日の業務が終わった後、帰りがけに声をかけてきたのはナム副隊長だった。
「改めて見ましたが、魔法陣はもう跡形もなさそうですね」
 副隊長はため息をついた。
「あの後首都にも確認してみて、類例がこの辺りの先日の聞き込み以外で全くなさそうなのだけは分かりました。
 古いものなのですし、なくなった分けなので問題はないはずですが…」
「危険なものである可能性は低い、ということで?」
「ええ。形がなくなった魔法陣は効果を及ぼしません。
 魔力波動もなかったので、他の魔法も含めて何もないはずです。
 ただ…職業病ですかね。気にはなります。
 古代魔法なんかは未だに新発見がありますし、強力な悪意が込められた魔法陣だってあり得ます。
 港と街の安全を鑑みると、癪然としないものが残ってしまうのは」
 人魚の秘術の何かだということを知ってしまった今の俺。
 もしナム副隊長に自白の魔法など掛けられたら一撃で吐いてしまうだろう。
—————あのいけすかない婆のお守りでも持っておくか…? いや、それもばれるな。
 あの大都市で副隊長にまでなっている。当然隠蔽暴露の魔法もある程度拾得している。
 婆のお守り程度ではどうにもならないだろう。
 魔法使いがこんなに厄介だとは。
 かつて王宮騎士団にいたころ団長だったゼタ・ゼルダという人物は魔法が全く効かない体質だった。
 あれが戦場の最前線だけでなく、こういった平時の異変にも大いに有効だったことを改めて思い知った。
「こちらとしても、分かるに越したことはないです。
 ただ、やれることをやるしかないですから、まずは明日の模擬訓練ですね」
「そうですね。
 正直、もうあの魔法陣に関しては調べつくしてしまっていて、これ以上は難しいんですよね。
 もしまた同様のものが見つかるようならご連絡ください」
「ええ。必ず」
 ナム副隊長はチリカが人魚であることを知らないのだろうか。
 少なくともあの魔法陣のことは知らないようだった。
 水に入らないとチリカの足は二本足のままなのだろう。
 アザラシの革には強い撥水効果がある。
 日常生活でチリカの下半身が水に濡れることはなかったはず。
 住処に水浴びができる設備など備わっているのは金持ちだけだから、二人で仲良く海水浴やら行水やらしない限りありえない。
 想像してしまって、だんだん苛立ってきた。
 同棲して振られた身で尾を引いているナム副隊長を少しバカにしたい気持ちだったのだが、一晩遊ばれた程度で目いっぱい引っかかっている俺は同じ穴のムジナどころではない。
 しかも向こうは真面目に働いているわけだが、こっちはあの高そうなネックレスという利益を得ようとしたのをきっかけにさらなる面倒に巻き込まれているというか、いや、むしろ、
—————自分から巻き込まれに行っちまってんな。
 ナム副隊長が自分よりも潔白で立派な人間に見え、以前とは違うベクトルでますます嫌いになっていくことを自覚しながら、誰にも気づかれないようにどす黒いため息を吐き出した。

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