港のレストランへようこそ 20

―――――『守ってやれない』なんて、なんで言ったんだ。
 翌日そんなことを言ったにもかかわらず、というか言ったから余計に気になって、昼飯はチリカがいる店に行くことにした。
 昼飯を運ぶウェイター。奥ではチリカも皿を両手に闊歩しているのが見える。
 昨日の夜見たのとは違うチリカは、今まで見ていたのと同じ顔。
 だが今ではその顔が仮面を張り付けたように見える。
 勝気に男たちの間を縫って厨房に戻っていく姿は健康でけだるげで、つまみ食いの予定の目星をつけているだけかもしれないのだが。
「で、魔物は今んとこ再発してないんで、ダイジョブですよね」
 シモンは俺が多少上の空なことに気づいていたようだった。
 黙って頷く。シモンは俺が頷いたことよりも、上の空解除されたことによって納得したらしい。
「ダイジョブですよね」
「ああ」
 念押しのようなそれ。
―――――俺が見てた先、気づいてやがるな。
 KYルースと違い、他のやつは今時の若者らしく勘がいい。
「そんなに気になるもんですか?」
 行間に何か形容詞を挟もうとしているような気がしてならないが、
「嫌いだから」
 絶対にその言葉を信じていない様子でステーキの最後の一切れをほおばるシモン。
 既に空になった皿の前に財布から金を出し、手近なウェイターに渡し、
「先行くから」
 魔物騒ぎからこれだけの日数立ってしまったことで、海中にあったあの魔法陣らしき石は波と他の石に削られてどこにあったかも怪しいほどなにもなくなっていた。
 チリカから何とかして話を聞いておきたいのに、昨晩のあの様子。
 聞き込みしたら変に目立ってしまう。
 今はただ、周りから嫌いな女なのにむっつりスケベな野郎だと思われている程度だが、明確に声を掛けたら完全に目的があると思われる。
 俺が結構な振られ方をした過去があるから余計にだ。
 夜に待ち伏せするか、あの場所でまた待つか。
 その日の午後の訓練と見回りを終えた後、部屋に戻り、荷物を置き、適当な飯を食う。
 日が落ちていく。
 服を水着にする。
 上着を取る。あの日の上着じゃないものを選ぶ。
 羽織って、玄関を出て、あの岩場に向かう。
 星空と凪の海。昨日とほとんど同じ。
 違うのはチリカがいないこと。
 別に約束したわけでも何でもない。ただ、待ち伏せするならここしか思い浮かばなかった。
 向こうのほうに光が見える。
 もしかして出なくなったあの魔物は、遠くのほうで泳いでいるのかもしれない。
 チリカは?
 歩いて向こうの浜のあたりもふらふらしたが、畳んだ服やら荷物やらは見当たらない。
―――――男のところか。
 というか、結局昨日はあの後どうしたのだろう。
 いつも男をひっかけて宿泊先にしていたのに、歩いて立ち去り泊るところもないのでは。
 女一人で野宿?
 キーワードだけで良くない事ばかり思い浮かぶ。
 あの婆が言っていた『ネックレスが導くなんぞや』が今の俺の状況なら、絶対に呪いだ。
 うんざりしながらぼーっと海の向こうを眺めても、刻一刻時間が過ぎていくだけ。
―――――もういいか…。
 後ろを振り返るも、だれも歩いていない。
 夜の漁でにぎやかな港と全然違う。
 その漁港を避けて裏通りを抜けて自宅に戻る。
 この夜道に誰かとかち合う、なんてこともなく。ガラの悪いのがうろついていても、俺に突っかかる奴は、まずいない。
 そのまま自宅に戻る。当然だが、来た時のままの部屋。
 翌日。
 起きて、身支度して、職場に向かう。業務し、昼食を取り、業務し、帰宅。あの浜に向かい、辺りを確認して、岩場に戻り、ぼーっとして帰る。
 翌々日。
 起きて、身支度して、職場に向かう。業務し、昼食を取り、業務し、帰宅。あの浜に向かい、辺りを確認して、岩場に戻り、ぼーっとして帰る。ルーチンになってしまった。
―――――三日見てると案外海の様子、変わるもんだな。
 夜目は利く方だが、仕事での必要性がない場所で毎日夜同じ場所を定点観測したことはなかった。
 潮の満ち引きによるのか、遠く月下にわずかに覗いていた岩場が少しだけ大きくなっている気がする。
 その向こう、昨日はもっと黒かったが、今日は少し青みがかって明るい。
 月が細くなっているのに反比例するように海の色は明るくなっているような気がした。
 波は少し荒くなっていた。風が強いからだろう。
―――――今日も来ねえな。
 落胆してまた部屋に戻る。昨日と同じ部屋。あの日チリカに着せた上着を着て出ていたので、ハンバーに掛ける。
 水を飲んで、穏やかな気持ちでベッドに横たわる。
 大体チリカは3~4日で帰るから、明日来なかったらまた来月になることだろう。
 ただ、あの魔物騒ぎ以降、少し仕事が手すきで、夜勤は来週以降。
 それまでの間、普通に夜自宅にいることができる。
 そんなに多くない機会に夜の海を眺めるのはいいかもしれない。
 穏やかな気持ちでベッドに横たわる。
 その夜の夢のチリカは俺の横に荷物を持って現れた。
 少し悲しげな顔で、『ごめんね』と一言して、何も言えない俺に背中を向けてゆっくりとたちさっていく。
 実際には思い切りケンカ中で、別に付き合っているわけでもないのだからそもそも挨拶などありえない。
 完全フィクションの夢なのに、夢の中の俺はもの寂しい気持ちになっていて、起きた時に少し引きずった。
 起きて、身支度して、職場に向かう。業務し、昼食を取り、業務し、帰宅。あの浜に向かい、辺りを確認して、岩場に戻り、ぼーっとして。
―――――また昨日よりも月が欠けて、あの岩、出っ張ってきてる。
 今の精神状態をメンヘラと指摘されたらあながち間違いではないかもしれない。
 そういう時期だと思うのがいいのか…。
 ジャリッ
 遠くで音がする。
 立ち上がって振り返る。
 チリカは荷物をもって、旅にでも出るような様相でゆっくりと歩いていた。
 声もかけることができず突っ立っていると、昨晩の夢とは違ってゆっくりと俺のほうに近寄ってきた。
 そのまま俺の前までやってきて、大きく息を吸って、吐き出した。ついでに、
「馬鹿なの?」
 と漏らしながら。
「お前もな」
 チリカは口元をへの字に曲げて、俺の頬に手を当てた。
 微動だにできないままの俺に、
「来なさい」
 まっすぐ目を見て言い放つと、踵を返した。
 スタスタと歩いて、チリカが向かう先は、
「おい、ここって」
「大丈夫よ」
 言いながら、チリカは服を脱ぎだした。
「アンタも泳げるでしょ」
 二の句も継げないまま、
「全部脱ぐなんて」
 チリカは『ダイジョブだから』と上着を脱ぐと、上は水着だった。
「上着、この中に入れて」
 手をだされるままにその手に上着を預ける。
 チリカは自分のえらくデカいカバンに俺の上着をつつきこんだ。
 ついでに自分の服も。
 ズボンと一緒に下着も脱ぎだした時、目を背けながら、
「ダイジョブなのは上だけかよ」
「必要なのよ」
 チリカはそのまま俺の手を取って、毒性生物の巣がある浜に片足を付けた。
 あれだけ言ったのに、と思っていると、細い月明かりを背にしたチリカはなだめるように一言。
「アタシと来れば、アンタもダイジョブだから」 

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