港のレストランへようこそ 13

 ナム副隊長の顔を見ながら、あの事件後のランドルを思い出した。
 懲罰房から出た直後の俺を指さして大笑いしてきた軍の同期。間違いなくランドルとナム副隊長が別の生き物であることを感じる。
 それはそれでいい酒の肴。
「あの後王宮魔法士が顎復元させたからもう今は鉄顎じゃねえ。ま、ダイジョブだろ?」
 ますます引いていくナム副隊長。ペジェ伍長も。ランドル一人がくっくっと笑ってぃる。
 料理を持ってきたチリカは聞いていたらしい。俺を見ながら、
「やるじゃない」
 本当に敬意を持っているように見える。
 フリなんだろうかと疑う前に、少し嬉しい気持ちが沸いてしまう自分が嫌いだ。
「就任式の予定日には間に合わなかったけどな」
「王宮魔法士っちゅう『国一番の魔法使い』が『全力出しても全然』って枕詞をちゃんと入れろ」
 ランドルを無視して、
「なんにせよ、戦争中に軍事機密の何かしらを盗んだ謀反人を擁護して殴りかかった俺のほうが圧倒的にダメだってことで」
 最後ぐらいは自分で締めくくろう。
「ようは、飛ばされたってこった」
 今こそこの酒を飲み干すタイミング。
 誰の顔も見ずにゴクリゴクリと手元のジョッキを全部空けた。
 最前線に片道切符でここに送り出されて暫く、当時この辺りにいた大先輩たちに色々暴力的に教えていただき何とか生き残ったうえでの今。
 すぐ隣で待ち構えたようにチリカが追加の酒のボトルを持ってきていた。
 今飲んでいるのよりもだいぶ高い酒。
「コレじゃねぇよ」
「開漁記念で一杯オゴるわ」
「ダン曹長だけっすかぁ~?」
 ルースににっこりしたチリカは、
「今ジョッキ空いてる人だけ」
 言われて俺の空いたジョッキに注がれる高い酒の瓶を見ながら、ペジェ副隊長も残った酒を飲み干した。
「弱いでしょ? 大丈夫?」
 空いたジョッキを掲げたペジェ副隊長は黙って目配せした。
 チリカはペジェ副隊長の横に立つことはなく、向かいの俺の横から瓶だけ出して酒を注いでいなくなった。
 変な沈黙ができないようにする気遣いを普段は持ち合わせていないルースだが、気を遣ったのかもしれない。
「しかしぶん殴るって凄いっすけど、そんなひっどい言い様だったんすか?」
 藪蛇感満載だが、思っていることを喋ることにした。
「俺はゼタ団長が機密を盗んで逃げるなんて、してなかったと思ってるから」
「噂ベースで色々聞きますけどね。
 ゼタ・ゼルダについては信望者多いですから」
 ペジェ伍長が食いついてくる。
「裏があるなんかとか、策略がどうのこうのとかできる人じゃない。
 コインの表と表しかないというか…深く何か考えて行動っちゅうより勘で動いてた。
 動物と一緒だ。
 但し無茶苦茶鼻が利いて、その直感が全部当たる。
 だから、もし本当にその…軍事機密とやらを盗んだんだとしたらな、国じゃなくてその機密の持ち主にとって不利益があって、たまたまそいつが権力者だったから騒がれたんだと思って」
 言いながら高い酒に口を付けると、香ばしいような甘いような鼻に抜ける香りが食欲をそそった。
「俺はそこを懇切丁寧に調べたくなるほど『ゼタ様信者』じゃねぇけどよ。
 それでも、まぁ…あん時の鉄顎の言いっぷりは気にくわなかったから」
 『態度が悪すぎて目に余っていた』『若いからって幅効かせて悪い見本』『まぐれでなった団長だろう』『今まであんなのについてきてた奴らは洗脳されてたか、ただの体力馬鹿』『死んだほうがいい』『目立ちたがり』『案の定だったな』云々。
 鉄顎的には目の上のたんこぶがなくなって、嬉しくてしょうがなかったのだろう。
 切り殺し過ぎて服に敵の返り血が滲み、青い軍服が臙脂のまだら模様になる有様。
 自身の大剣を手に敵陣に突っ込んでいったあの姿。
 確かに目立っていたが、致し方なかったし本人が望んだわけでもなかったのは良く知っていた。
『一昨年王宮の係にも街の業者にもとうとう洗濯断られてさ。
 毎回毎回染み込みすぎて落とせない…ってか、「もーやだー!」って。
 だから諦めることにした!』
 あっけらかんとした銀髪の大先輩を今もありありと思いだせる。
 料理で忙しいはずのチリカがチョコチョコ皿を持ってくるのは聞きたいからだろうか。
 ナム副隊長の様子を見にだろうか。
 ナム副隊長自身はチリカが来るたびに目で追っているのが分かる。
―――――ストーカーにならんように帰りに様子見ておくか。
 ペジェ伍長とルースは抑止力にならないし、ランドルはもうチリカには近寄らない。
 こんな役回りは損なだけ。
 分かっていながらせめて今日は支払った分の元を取ろうと意地汚く皿に乗った肉を口に運ぶと、今の酒とよく合うピリリとした辛み。チリカがこの酒に合わせて作ったのだろうか。
 ナム副隊長はこうやって胃袋から責められて陥落したのだろうか。いや、チリカから寄っていったのかも。
「ナム副隊長はこれまでどうだったんですか?」
 ランドルだ。有難い。俺ばかり喋っても、と思っていた。
「至って平凡ですよ。駐屯地を2回ほど変わって、今のところに落ち着きました。
 だんだん首都に近いところになってるんですけど、もう一つ二つ移動して終わりだと思います」
 またまたぁ、とルースが茶々を入れるも、
「自分の実力は分かっています。地味に仕事をしていくしかない」
「大事なことですよ」
 ランドルが俺を横目に見ているのは、派手にやらかしたことに対する当てつけだろうか。それとも今の仕事ぶりへの批判だろうか。
「うるせぇ」
「見ただけだ」
 俺とランドルの様子を見てチリカが料理を置いて笑いながら去っていく。
 ルースはペジェ伍長と何か喋っていて、ナム副隊長も話しにくわわり、俺も聞き役になった。
 若いやつに喋らせておくのが一番楽だ。
 俺の過去の話なんて、この町に住んでいる者はみな知っている。知らないのはここにいる二人と、割と最近来るようになったチリカぐらい。
 それ以外の流れ者は俺のことなんて興味も持たないから。
 グダグダと酒に料理を重ね、少しずつ客が減り始める。
「明日、帰られるんですよね。今日この辺にしませんか」
 俺がもうそろそろ面倒になってきたからなのだが、
「そう、ですね、ああ、もうこんな時間か。そうしましょう」
 ペジェ伍長が時計を見たのを合図に最後の飲み食いをして席を立つ。
 ナム副隊長は足元をふらつかせながら立ち上がった。
 そのまま店の入り口に立ち、流れ解散にしようとした時、
「ちょっと、用事があるんで」
 ナム副隊長は店の中に入っていった。
「じゃ、残りは解散で」
 最初の様子を見ていたからか、皆散り散りになっていった。
 俺だけ残ると不自然。家の方向に向かって歩く。
 が、気になる。
 他人の恋路に首を突っ込むなんて止めた方がいいのは間違いないが、ナム副隊長の酒の入り方がおかしかったことと、チリカへの執着が相当に見えたのがどうしても引っかかった。
—————重要参考人だし、このネックレスの持ち主かもしれないし。
 何かに連れていかれるように、ぐるりと無駄に番地を回って店に戻ると、客は相当に少なくなっていた。
 ナム副隊長が入り口付近の席に陣取っている。
 そこにチリカが近づいていくのが見えた。
 ざわりとした。
 何とはなしに、行かないと、と思う。
 二人のそばに、人目をはばからずにまっすぐ向かうが、二人は話し込んでいて気が付かない。
 ナム副隊長は肘をテーブルについてようやく体を起こしているようだ。
「なんで出てったんだ」
 分かりやすすぎるナム副隊長の一言に、
「あなた、止めなかったじゃない」
「僕はずっと一緒にいる気だったろに」
 呂律が回っていない。チリカはため息をついた。
「勝手に決めて出てくなんてないだろ」
 ナム副隊長が黙り込むと、チリカはため息をついて淡々と答えた。
「だって、私のことどれだけ好きって言ってたって、あなた最後は利ザヤ取る人でしょ?」
 ナム副隊長が立ち上がってチリカに掴みかかろうとするその手を思い切り掴んだら、副隊長は俺を睨みつけた。

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