港のレストランへようこそ 9

 翌日。港にナム副隊長らと共に向かうと、古株の漁師が何人か覗きに来ていた。
 いつもの漁に出る時間からすれば朝寝坊も朝寝坊と思っているのだろう。
 俺が近づいても貧乏ゆすりしているので、だいぶ苛立っているのが分かる。
 仕方ないが、調査の邪魔になるといけないので丁重に説得してお帰り頂いた。
 戻ってきた俺にペジェ伍長は、
「いつもあんな様子ですか?」
 顔は冷静だがかなり面食らったようだ。
「いや、普段はちょっと気の強いオヤジ達って感じですよ。
 漁に出れなくなって一ヵ月近いんでどうしてもね」
「にしてもなかなか向こうも慣れてる感じで」
 ナム副隊長は感心したような口調だ。
「戦時に町の自警団やってたのが混ざってるんですよ」
 やくざ者というのは、元をたどれば町の自警団や商業組合という来歴の場合がある。
 あの人達が戦後マフィア化しないで済んだのは、なんだかんだで漁に出れる程度の漁獲量があって稼げたことに加え、戦後に規模縮小したものの軍がそのまま残ったことにある。
 漁の再開は町の治安維持のためにも待ち望まれていることだった。
 ペジェ伍長もナム副隊長も、今の様子をみてそのことに気が付いたようだ。
 だが、仕事は仕事。
 潜るのはナム副隊長・ルース・俺の3人。ペジェ伍長はナム副隊長の荷物番。
 先日同様準備をし、予想通り細身のナム副隊長は、最低限の道具を腰に装着した。
「じゃあ」
 四人でうなづき合って海に潜る。
「魔物とエンカウントしたのはこの辺りですか」
「ええ。向こうから泳いでやってきて、そのとき背後から」
 『人魚』が何だったのかはよくわからない。
 あの時飛び込んだチリカだったのではないか、という考えは少しあった。
 が、自らが魔法使いでもない限り、魔物は呼び出した人間が誰かなどお構いなしに喰いに来る。
 とすると、あんな至近距離にいるはずがないのだ。
「で、その前に調査した時の石は…」
 流れで案内しようと、石の場所を探した。
 が。
「ないっすね」
「ああ、確かこの辺りに」
 石があったあたりを見回すが、見当たらない。
 ゆっくりと探すと、
「これじゃねぇか?」
 それっぽい石の残骸。地面から石がせり出していた。
「これっす。この石っした」
 だが、魔法陣が描かれた場所は残っていなかった。
 割れてしまっていたのだ。
「割れるような事象は」
「魔物、ぐらいですね」
 海はここひと月ずっと穏やかだった。
 ナム副隊長は腰に付けた杖を円形に突き、何かを呟いた。
 辺りが白く光ったが、何も出ない。
「魔法を使ったり魔法陣が発動したりしたときは、色のついた光が出てわかるんですが」
 声色が相当渋い。
「実はこの辺も過去事例と全く同じなんですよね」
 そして腰に付けた双眼鏡のようなもので海の中を見渡して、
「向こうの方からこちらに向けて、うっすらと魔物のものと思しき魔力が残っています。
 消えかかっているというレベルですね」
 あとは目印や餌場がないかだけか、とナム副隊長は呟き、首をひねるルースと俺をよそに辺りを泳ぎ回った。
 ひとしきり作業が終わったとの言葉がナム副隊長から出ると、皆で海から上がった。
 着替え終わったところで、
「今晩再度潜ります。あと、明日明後日同じことを繰り返して、問題なければ漁開きしていいでしょう」
 吉報ではあるが、全員どことなく腑に落ちない表情。
「あの魔法陣、夢だったんすかね」
「いや、絶対あったろ。書き写した」
 このネックレスのすぐそばに、確実にあった。
 ペンダントの水を拭きとった後、服の中にしまい込む。
 良くも悪くも単純なルースが一番眉間にしわを寄せていた。
 遠巻きにみている漁師のおやじどもには経過は伝えないでおいた——怖がらせておかないと、見切り発車で漁に出るだろう——。
 詰所に戻って報告をまとめ、ランドルに軽く報告を入れたら、ランドルも同じように微妙な顔になった。
「魔法陣のことはもう分からんかもな」
「魔物が出なくなったんなら、それだけで良しだ」
 残り物があるのは好ましくないが、漁に出られるのが一番だ。
 詰所に戻るとナム副隊長が出てきていた。横にいたサムズが俺のところに、
「昼行ってきます」
 濃い茶色のパーマに丸顔だが、屈強な体格はいかにも軍人。
 きびきびとした様子に黙って頷くと、サムズはナム副隊長とペジェ伍長を連れ、昼食に向かった。
 その様子を見ていると、背後から人の気配がある。
「で、漁はいけそうなんか?」
 第二班のカザミ軍曹は俺の方に手を掛けながらオラオラとした様子をわざとらしく見せた。
「まだ調査中だ」
「そんなこと言うなよダン軍曹…おっと、今は曹長だっけか」
 一応形ばかり階級だけ上がったのが先々月。
 その直後の魔物出現でバタついていて、時々俺自身間違えそうになる。
「万年軍曹でかまわん」
 というか、この駐屯地の長であるランドルと同じ階層なのがややこしいから、軍曹のままでよかった気がする。給料が上がったのはありがたいが。
「漁師連中からせっつかれてな」
「朝言ったんだがな」
「グーパンで、だろ?」
「…突っかかってきた奴の胸倉掴んで持ち上げただけだ」
 カザミ軍曹は『だからか!』と奥歯まで見えるぐらい大きく口を開けて笑った。
「ドネア爺が咳払いしてそそっ…と話しかけてきたんだ。『若いのが聞きに行ったんじゃがぁ~』って!」
 ドネア爺は漁師の最長老。今朝の話が耳に入ったのだろう。
 兎に角若手から中堅以上のおおむね全員に苛立ちが見えているようだった。
 なおのこと今の時点では、たとえ吉報であっても伝えられない。見切り発車で漁に出てしまう。
 そのまま報告書を作るべく席で書類作業にいそしんで。
 少しすると、訓練と見回りが入っている他班の人間は全員いなくなった。
—————ご一行様が戻ってきたところで夜の段取り決めて、昼飯に行くか。
 昼飯時に来訪者と店で遭遇するのは面倒だ。
 そう思って作業していたら、戻ってきた。
—————やれやれ、じゃあ少し落ち着いたら。
 視線の先のナム副隊長はまっすぐ俺のところにやってきた。
「ちょっと、いいですか?」
「ええ」
 この後の段取りの話にしては嫌に切羽詰まった様子。
「ペジェ伍長はちょっと」
 ナム副隊長は俺だけを連れて、二人の滞在中の作業部屋にしている小部屋へ向かう。
—————どういうことだ?
 ナム副隊長のほうが来客なのに、俺が小部屋に入ると副隊長のほうがドアを閉めた。
「この町に、チリカという名前の流しの料理人が来ているんですよね」
 白い顔が少し紅潮しているように見える。
「あ、ああ」
「いつ来るとか、分かりますか?」
「いや? 何故?」
 ナム副隊長は最初、俺の顔をしげしげと眺めた。
 その後は首元に視線を合わせ、俺の顔を見ないようにしているようだった。
「知ってんですか?」
「…昔よく食事しに行った店の料理人でしたから」
 そして、唐突に切り出した。
「もし、良ければ、そのネックレス、僕にいただけませんか?」

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