港のレストランへようこそ 8

 週明けに二つとなりの大きな街からやってきた調査員は、軍の中堅どころと魔法使いのペアだった。
 詰所に来てすぐその場にいた全員の前で、
「コウペイ街騎士団第三部隊赤班伍長ペジェと申します」
「同じくコウペイ街騎士団魔法部隊副隊長ナムと申します」
—————魔法使い、思ったよりだいぶ偉いさんが来てんじゃねぇか。
 ペーペーを形だけ寄こしてくるもんだと思っていたのに。
 実のところあの日から今日まで、一度も魔物は出現していなかった。
 明日からの調査で『行ける』という判断が出たらすぐに漁を解禁したい。
 漁師連中からも一昨日辺りからそんな声が上がっていた——海の野郎どもは基本的に荒っぽいが、声が上がるくらいで今のところ済んでいる——。
 危険が払拭出来るのに越したことはないのだが、仔細の調査が入って日にちが伸びてしまうと漁師連中が痺れを切らすかもしれない。
—————伍長一人でこの優男の魔法使いを荒くれから守り抜けるとは思えねぇから。
 そのぐらい、魔法使いは線の細い美男子だった。
 肌の色が白く、突き抜けるような透明感。薄茶色で切れ長の目に金髪細面。俺より高身長だが体に厚みがなく、横に並んだペジェ伍長がちょっと肘で小突いただけで壁を突き抜けて飛んで行ってしまいそうに見えた。
 騎士団所属の魔法使いは多少鍛えているので、ローブを脱げばもうちょっとマシに見えるはずだが、元々筋肉が付きにくい体質なのがゆったりしたシルエットの布地からさえ透けて見える。
 魔法使いというより王子サマ。
 勝手に見た目で自分との相性の悪さを感じ取る。
 が、残念なことにこの後は段取りの打ち合わせなのでランドルと俺とこの二人で小部屋に詰めることになるわけで。
 伍長が分かりやすい軍の中堅然とした様子なのが有難かった。少なくともいるだけで空気が中和されるだろう。
 会議用の部屋に入って席に着くと、俺から地図と海岸付近の海図を出した。
「ついてすぐですが、早々に片付けたほうがいいでしょうから」
 前置きもなく本題に入る。
 港に魔物が出たこと。暫く出現が続いて漁に出ることができなくなったこと。
 見回り時に人が飛び込む様子を見つけ、探しに出たところ魔物に見つかったこと。遭遇した俺が何者かに調査妨害されたものの、怪我で済んだこと。飛び込んだとみられた人間は無事だったこと。
 その後魔物はここ1週間以上出現していないこと。今も漁を止めていること。
 そして見回り開始前の事前調査で謎の魔法陣が見つかったこと。
「頂いた手紙のこれですね」
 ナム副隊長は机の上にルースと俺で描いた魔法陣の絵を出した。
「魔物が出なくなってからは見に行ったりしていますか? 潜ったりは?」
「見回りはしていますが、潜ってはいないです」
 ランドルの回答にナム副隊長は『そうですか』と小さくつぶやいた。ランドルは少しだけその様子を眺め、
「この魔法陣が何か、分かりますか?」
 副隊長はかぶりを振った。
「ここに来るまでの間、道すがらの海辺の地域で過去に類例がないか少し調べてみました。
 かなり昔に『魔法陣じゃないか』と一つ二つ持ち込まれたことがあるようですが、発動の事例はなかった。
 いずれも海中の石に書き込まれている形で見つかっているとのことですが、結論として不明と。
 写し書きはあります。でも、発見元の石が割れてなくなってしまったりしていて、それ以上調査できないまま記録だけ残っているようでした」
 類例と聞いて、ランドルに目配せをしてナム副隊長に切り出した。
「正直、魔法は疎いんですが、これの類例ってのは」
 ナム副隊長は皺など寄りそうもない小ぎれいな顔の眉間に皺をよせて、
「全体的に不思議な書き方なのですが、特徴的なのは…この魚の鱗のような箇所です」
 ナム副隊長が身を乗り出して指差す。俺が書き足した線と円の交点にある馬蹄形の部分だった。
 そして、懐から紙を取り出す。そこにはその類例と言われた魔法陣が描かれていた。
 確かによく似た図柄で、似たような箇所に馬蹄形の印がある。
「今回我々で潜ってみて、周辺の状況や魔物の魔力や痕跡に加え、魔法陣も確認してみます。
 ダン曹長、ルース一等兵、明日その場所にご案内いただけますか?」
「承知しました」
 ルースに目配せして頷き合う。
 ナム副隊長の仕事ぶりがマトモそうで大いに安心した。
「この部屋は準備に使っていただいて構いませんので…」
 ひと通りの説明が済んで、部屋を出ようとしたとき、
「ダン曹長」
 振り返る。
 ナム副隊長は俺の首元を見た。
 ベジェ伍長はどうしたのだという顔をして、ナム副隊長の顔と俺の顔を見比べている。
「その…大したことじゃないんですが、その首の鎖は?」
 首からぶら下げたネックレス。石の玩具に見えるというペンダント部分は服の下に入れていた。
 先週のあの日婆のところから戻り、仕事を終えて家に帰った後考えた。
 少なくとも拾ってから何か悪い事が起こったり、変わったことが起こったりはしていない。
 婆の話の通りだとすると、本当に見た目だけだ。
 婆は『そのまま待て』と言っていた。ただ、落とし主がいるなら早く返した方がいいだろう。
 人によって見え方が変わるし、これがバーギリアの魔道具ということが分かる人間が少ないということ。
 『おもちゃのネックレス』を高値で売り飛ばして現金に関わることなぞ期待できないわけで。
 なら、落とし主が見つかるように見せびらかして、落とし主から拾い賃を貰ったほうがいい。
 なにせこの街に来たことがある人物で、俺と同じくこれが宝飾品に見える人物だとわかっているのだから。
 それに自分自身軍人。どこか遠くで顔も分からないほどズタズタになって死んでしまっても、誰が死んだか分かるように個人が分かるものを持っておいた方がいいと言われてはいた。
 分かりやすい名札替わりにぶら下げたっていいのではないか。
 あの翌日から身に着け、ランドルや同僚やらに聞かれたらそう答えていた。
 全員が婆の言う通り『なんで石の玩具なんだよ』と突っ込んで笑った。で、その後はその話を噂にする者もいなかった。
 男の俺が急にこんなもの首からぶら下げだしたのに、だ。
 見た目が石の玩具に見えることに続いて起きた、このネックレスに関する不思議なことと言える。
「身元証明用のネックレスですよ」
 ナム副隊長は嫌に興味をもって質問を続けてきた。
「何を付けているんですか?」
 鎖を引っ張って、ペンダント部分を出し、ナム副隊長とペジェ伍長に見せた。
 ペジェ伍長は不思議なものを見る顔をしたが、ナム副隊長は明らかに目を見開いた。
「それを、どこで?」
「それ、とは?」
 どう見えているのか確認したいがために細心の注意を払って声色にわざとらしさを出さないように聞くと、
「その、ペンダントというか…石ですね」
「前に海でひろったんですよ。丁度鎖もついていて、まあ個人認証替わりにと」
 ナム副隊長の顔色が真っ青になり、唇が軽く震えた。
「大丈夫ですか?」
 ペジェ伍長は声をかけ、ナム副隊長の肩を軽くつかんだ。
 少し揺さぶられたナム副隊長はペジェ伍長の顔をハッとしたように凝視し、
「すまない」
 とつぶやき、うつむいて眉間を抑えた。
 ナム副隊長が黒だとわかった上で、白々しさを隠しとおす。
「もしかして、どこかでこのネックレスを御覧になったことが?」
 ナム副隊長は呼吸を整え、
「若いころ、とても親しくしていた人が持っておりました。
 海中で、ということは、もしかするとその人はもう…と」
—————女か。
 勘でしかないが。
 地域によっては海葬といって亡骸をそのまま海に沈めて弔う風習があるから余計にそう考えたのだろう。
「その方とは、連絡は」
 ナム副隊長はかぶりを振った。
「本当に一時だけでしたから」
 どんなものだったのかはわからないが、若いころの恋愛感情を思い出して感傷的になる心中はわからないでもない。
 が、色男が女絡みで痛手を負っている様子にどうしても『ざまあ』が含まれてしまうのはモテない男のひがみ根性だろうか。
 やさしさに溢れる善良な人間ならば、もしかしたらナム副隊長にこのネックレスを遺品モドキとして渡したのかもしれない。
 このネックレスにまつわる情報——魔法陣のそばで見つかったとか、五ヵ月前にこの街に持ち主が来ていたとか——を事細かに提供して希望を与えてやったのかもしれない。
 だがそんな気は到底おきなかった。

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