港のレストランへようこそ 3

「うーん、なんだろうな」
 肉食の魔物がいたらしき雰囲気は一応あったことに加え、魔法陣の話を報告されたランドルは首をひねった。
「一応、婆に聞いてみるか」
 婆とはこの街に昔からいる魔法使いだ。
 腕は正直いまいちだが、知識量には定評があり、聞いてみる価値はあるだろう。
「だいたい、こんな感じだったと思います」
 ルースが記憶を頼りに紙に描いたそれを、ランドルと二人して見る。
 二重になった全円。中心から五等分の線が外側に向かって引かれ、太陽が光っているかのように円の外にはみ出している。
 円の真ん中らへんにウゾウゾと虫のような線——ルースもうろ覚えだが、ランドルもうろ覚え。何か書いてあったのには違いない——があり、文字に見えなくもなかった。
 ただ、
「確かにこんな感じだったけど、この辺にもう少し書いてあった気がする。確か…」
 二重円の内側の円と直線の交点のところに、1つずつ馬蹄形のような形を書き足した。
「あ! そうっした! あざっす」
 ランドルが小ぎれいな執務室の机上で眉をひそめているが、それを見て俺は目力で訴えた。
—————こいつ、これで若手最有力だから。
 武術全般やってて槍は師範代。そのうえ馬鹿力。海賊なんかと衝突が起きたとき、最前線に突っ込んで笑顔かつ無傷で確実に返ってくるのはコイツだけだ。実は頭も悪くない。悪いのは口だけだ。
 その想いは目線だけで通じたようだった。平静を装った表情でランドルは、
「やっぱりお前の部下だな」
 ルースの前で嫌味を言うのは止めておいた。ランドルはその流れで、
「今回肉食の魔物の種類の特定まではできていないが、出ているのは間違いない。
 暫くあのあたりは漁場にしないほうがいいだろう」
「そうだな」
「詳細の調査要員、呼ぶから。
 夜に陸地から海の状況確認だけしてくれ」
「了解」
 全員合意を取れたところで、部屋を出る。
「最近なんもなかったところに思ってたよりもデカい件すね」
 黙って頷く。
 このところ海賊もなりをひそめていた。魔物は普段あまり出てこないから猶更。
「俺らにやれること、ほぼないけどな。
 陸上に上がってくるタイプのことがあるから、もしそういう被害と見える話をきいたら連携しろ」
「はい」
 とりあえず確認、とりあえず調査。段階が必要な程度の事しかできないのはまどろっこしい気がする。
 今日は道具の手入れがメインの業務。小さな小屋のような武器庫。入り口から海側を眺めると地平線が見えた。
「金ないんすね…」
 屋内の掃除はしているから石造りの建屋の中に埃はないものの、武器には全体的に古さが目立つ。
「前線じゃないからな」
 魔物が良く出る地域、少し前まで戦争をやっていた隣国との国境、首都の王宮騎士団にはしっかり回っている。
「前線だった頃ってどうだったんすか?」
「俺も知らん」
 赴任してきたのは終戦直前の混乱期。
 確かに盗賊やら海賊やら強盗やら、犯罪的なものは多かったが、前線という状況ではなかった。
 熟練兵がそれらを制圧し、治安が良くなった辺りで少しずつ頭数が減っていった。
 実際、必要ない。
「のほほんとしてる割に、武器は品が良いすね」
「武器だけは前線だった時のものだからな」
 地元の鍛冶屋で仕立てたものと赴任直後に上司に聞いた覚えがある。
 槍を含めた長い獲物がズラリと並んでいる。どれもよく手入れされていて、刃こぼれ一つない。
 ただやはりお古。柄が黒ずんでいて、ところどころに血痕。
「戦争が起きるよりずっと前には、海側から攻めてくる国もあったって聞いたことがある。
 その対策だったのかもな」
「へー。どこの国すかね」
「さぁな」
 見えるところに島や大陸はない。
 もしかしたらその向こうに何かあるのかもしれないが、もはやおとぎ話だ。
 戦争が起きる前というと、下手したら百年…いや、もっと前かもしれない。
 鍛冶屋の腕がいいのはそういった歴史的な経緯があって、必要だったのだとも聞いのだが、それも眉唾な気がする程度には又聞きの噂話。
 台帳と武器の数をカウントして盗まれていないことを確認。
 軍人がやるにはこまめな事務作業だが、事務方の要員を別で雇い入れる予算などあるはずもなく。
 ランドルが赴任してきて初めて予算を確認した時の顔は今でも忘れられない。
「これすんだら一旦仮眠しろ。
 夜長くなる」
「曹長はいいんすか?」
「どのみち今日は夜中までの予定だったからな。順番が逆転するだけだ」
「おつかれす」
 中間管理職になどなるものではない。
 ため息をつくと、なぜかチリカの顔が浮かんだ。
—————根なし草はいい気なもんだ。
 だが、一人身でこの地に配属され単に長いだけの自分とて、根など張ってはいない。
 武器の手入れを1割程度終えたところで、残りを明日にして事務所に戻る。
 速攻で仮眠室に入って静かに眠りに入るルースを見て、事務机に座った。
 拾ったネックレスをこっそりと机の下で取り出し、布でふき取った。
—————高そうだな。
 重さがある。鎖もペンダントの台座も金色に光っていて、メッキではないだろう。
 その周りに七色に光る何かで細かい装飾が施されているのも、裏付けるようだった。
 涙のしずくのような形のペンダントは、持っていると手になじむのに、どこか遠くに行ってしまうのが定めであるかのような静かなたたずまい。
 真ん中の紫の石は値打ちものなんじゃないだろうか。細かい傷は目立つものの、良く磨かれていて、絶妙な透明感。
 その傷すらも好きな者には魅力に映りそうな気がした。
—————見れば見るほど俺が持つべきじゃねぇな。
 なにせ光物にはとことん疎い。
 質屋に持って行っても騙されそうだ。誰か詳しそうな者はいないだろうか。
—————案外、魔法使いの婆は知ってるかもしれない。
 呪いの宝飾品などが持ち込まれることがあるため、ああいう街の魔法使いは光物の値段に詳しかったりする。
 拾ったときには気にしていなかったが、このネックレスが呪われている可能性だってあるのではないだろうか。
 自分のような人間にも、多少魅力的に見えるのだから。
 水気や苔を拭きとり、細かいところを磨き上げる。
 ルースに言った通り予定していた事務仕事があるのだが、そこからの現実逃避が宝石磨きに拍車をかけた。
 売り物にはほど遠いが不器用な自分なりに綺麗に出来たことに納得し、石を布にくるんでポケットに放り込んだ。
 そのまま机に突っ伏していると、間の悪いことにランドルだ。
「お疲れ」
「労いとともにお前が押し付けたこの書類、持って行ってくれるか?」
「無理」
 配達依頼物の束を抱えて外に出ようとするランドルは、
「そういやさっき、チリカが来たぞ」
「は?」
 何故この駐屯地に? と口に出すより先に、
「俺が表で荷物受け取ってるときにたまたま通りかかってな。
 お前らが『海に潜るとこ見たんだけど、あいつ、泳げるの?』ってさ」
 くっくっと人の悪い笑みを浮かべるランドルは、イラつく俺の顔を見て予定通り笑顔を深めた。
「お前、よく普通にあの女の相手できるな」
「そんなこともあったってだけだ」
 過去の女関係についてガタガタ抜かすと余計嫁に悪いということか。
 選ばれた人間の傲慢さをのぞかせるランドルだが、真顔に戻り、
「揶揄の意味っていうより、吃驚してそうだった。
 魔物が出たらしいから事前調査中って話と、お前が一番泳げるし潜れるんだって話したら、神妙な顔してなぁ。
 『そ。分かった』っつっていなくなってったけど」

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