ドラッグストアへようこそ 66

「じゃ、ここに乗ってくださぁ~い」
 いわれるがまま何かの石の上へ。
「適当なとこに飛ばすんで、後は自活してってことで。じゃ」
「え、え、あ、そゆことなの?」
「そゆことで~す!」
「早く消えてしまえ!」
 マルタンの声が聞こえた直後にええ~~! と悪態をついたのだが、そのフォニーの叫びは亜空間に消えた。
 シュンと目の前を氷の柱のようにも風のようにも見える何かが通り過ぎ、出てきたのはどこかの魔界の町はずれの森。
 元々家などあってないような状態。前住んでいたときに一応屋根のあるところに居たはずだが、もうとっくになくなっているのではなかろうか。
 近くの町に行って、場所を確認して、その後はどうするか。
 街らしき場所に向かう途中に飛び交う罵声もまた一興。
 懐かしさ満点だが、『帰るところ』と思った瞬間真っ先に浮かぶのがあの薬屋。
 別の場所——例えば人間界で野宿に使ったあの森——とかにしようとするのだが、どうしても最後に『HOREKUSURI』の看板が出てきてしまう。
 実はそういう魔法にかかっていて、ベータが解除しなかったのではないか疑ってしまうぐらいに、
フォニーにこびりついていた。
 町はほどよくさびれていて、大きな木の幹が何本か。その根本に嵌め殺しの窓。古い街並みだ。
 行きかう人の話から、少し前にフォニーが住んでいたところにほど近い。運が良かったのだろう。
 知り合いなどいない。いるかもしれないが、もうお互い覚えていない。
 稼ぎの少ないフォニーが稼げる誰かの知り合いになろうという動きをしても、その誰かはフォニーのことなど。
 過去に数回そういうオトモダチを作る活動もしたが、結局労力のほどおこぼれはなく、一人で当たって砕ける方が効率的だとわかった。
 フォニーがそんな関係しか望んでいないから、向こうもドライな扱いだったのかもしれない。
 お互いの人格など必要がないから。
 フォニーの『わぁ、すご~い!』が上辺のおべっかであることを見抜いて、うわべのオトモダチをやってくれる。
 友達だって利益分配出来なきゃ終わる時代。
 荒野に枯れ木しかないところをまっすぐ飛んでいくと、たまたま向こうから飛んできた蝙蝠の群れに突入。
 蝙蝠たちはフォニーを避け、二手に別れて行った。
 木陰に小さな、一件廃屋に見える建物。その上層階がフォニーの直近の住処だった。
 一応窓から覗いてみると、だれもいない。
 屋内はフォニーが出て行ったときのまま。
 金目のものなどなーんにもなかったのが良かったのか、布団すら出たままくしゃくしゃで放置されていた。
 窓を開けて中に入る。
 埃っぽさと湿気が程よく、異臭は無し。
 掃除すればすぐにでも元の暮らしに戻れると、鞄を下ろし、中身を空けもせず部屋を片付ける。
 使いかけの化粧品は箱の横に転がり、一部が固まってしまっている。
 捨てる。捨てる。拭く。掃く。
 バタバタとするうち、疲れて眠くなる。
 ベッドに突っ伏して寝る。
 起きる。片付ける。隣の部屋から物音がする。声がする。放置する。捨てる。片付ける。
 騒がしいので出ていくと、低級悪魔だった。
 ぎゃあぎゃあと騒いでいるので、その場で蹴とばして黙らせる。ピイイと泣き声をあげて逃げていく。
 部屋に戻って、置いていった服を拾い上げ、においをかぐと臭い。
 拾い上げ、近くの水場に飛んでいく。洗う。絞る。
 大型の魔物とニアミスすると、低級悪魔よりも蹴とばすのに力がいる。出てこなさそうな時間のうちに飛んで戻る。部屋に干す。
 出て行く前に買い置きした瓶の水が出てきたが、飲みかけで置いていった結果、変色していた。
 窓から捨てる。空き瓶を並べて、また水場へ行き、洗う。
 そして戻ってきて、最後にもう一度、部屋の中を掃く。
 窓を開けると、スッキリとした部屋になっていた。
 そのまま床に尻もちをつくようにしゃがみこみ、寝転がる。
 天井を仰ぎ見、
—————なにやってんだろ。
 前よりも極端に掃除の効率が良かった。ベータとの生活で慣れたのだろう。
 草むしりする必要もなく、掃除も一部屋でよく、屋根の塗りなおしもいらない。
 孤児院にお姉さんごっごしに行く必要もない。
 起き上がって、持って帰ってきた荷物の中身を空ける。
 出てきたポプリの香りは、魔界でも漂った。
 ポイと放り投げたそれはベッドの上に転がっていく。
 瓶が二つ出てきた。空き瓶の横に並べてみる。
 窓からは常に星明かりと月明かりが差し込み、まがまがしい霧が時折それらを遮った。
—————明日になったら、また人間界に行って精力補充してくるか。
 通行証はあり、2往復分だけ魔力が籠っている。
 これが今のフォニーの財産。
 あの街に行って、まずはわずかでも収穫を得る必要がある。
 それが出来たら、次からは別の街を開拓しよう。あそこは離れよう。
—————色んな事があったから。
 惚れ薬に頼るほど飢えていた現状が変わったとは思えないので、どこに行ってもそんなに獲物の数は変わらないと思う。
 本当の大都会だと、魔族対策も進んでいるから、結局フォニーが精力を確保できるのは、そこそこの大きさのそこそこの街。
 東の国に行くのも悪くないかもしれない。でも稼ぎの見積はシビアにしておいた方が無難だ。
 1回分の交通費+自分の体力分少し。
 小胸愛好者で足りてない男という、心と体の隙間産業の担い手であるフォニーにそういう欲はない。
 魔王と知り合いになったのは、同族に殺される可能性を減らした点がとてもよかったと言えるが、飢え死にリスクはそのまま。
—————とりま、寝る。
 と決意して目を閉じるが、あまり眠くない。
 ベッドの脇のポプリがわずかに香ってくる。
 瞼の裏にあの部屋と月明かりが浮かぶ。
 足音が聞こえると、それがかつて同居人だったあの男のもののような気がした。
 穏やかな心地。
—————何故?
 と思った後、フォニーが気付いたのは翌朝だった。

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 がばりと身を起こし、辺りを見回す。
 魔界だった。
—————帰ってきたんだよな。
 ということは今聞こえている遠ざかる足音は隣人の誰ぞのものでしかない。
 安心したような、がっかりしたような。
 ゆっくり立ち上がり、服を着替え。
 出かける前に、脱いだ服を洗濯して干し。
 人間界に行くための準備をのろのろ整える。
 それでも、ほとんど来た時のままなので時間はかからなかった。
 栄養ドリンクの瓶を見つめ、一応棚の中にしまうと、窓を開けて鞄を手に外に出た。
 建物の屋上に上る。雨が降っているようだが、小雨。
 そのまま、近くの魔界の門がある場所まで飛んでいく。
 人だかりができていた。すぐそばで誰かがソーマ火山に今年もどこからか良質の魔力が降り注いだとのニュースを読み上げている。
 ざわざわとする人だかりに目もくれずに歩いていくと、向こうのほうに見知った虎が見えた。
 ゴーゴルはフォニーを見つけたようだったが、特に声をかけるでもなく立ち去って。
 フォニーは『あの王宮魔法使いとどうなったんだろう』と思いながら、門の前に手をかざし、人間界への入り口を開けた。

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