ドラッグストアへようこそ 54

 あれから3時間。
 グダグダは、一時的に戻ったり緩んだりを繰り返しながら緩やかに深刻度を増していた。
 途中、マンドラゴラ八〇が追加で1本なくなり、間でひっそりとベータが作ったマンドラゴラ一〇〇風の特製の酒が出されたのだが。
『わー! 美味しいね。水みたい!』
 マンドラゴラ一〇〇には遠く及ばず。ノンアルコールカクテル以下の扱いで消えた。
 外に待機していた荷馬車のうち、七割が消えた。
 残った三割のうち、一割は救護用。食料や酒は残り二割。
「予定通りと言っていいだろう」
 マルタン——キースという本当の名前で呼ぶ気は、フォニーにはもう一切ない——が裏庭を見渡して高らかに宣言。
 宴席のベータはこの二時間の間に三回も出入り口から出て深呼吸していた。
 酒はベータも強いほうらしく、吐いたりはしていない様子。
 それでも、と思っていたフォニーとしては、マルタンの「予定通り」のセリフには安堵した。
 魔王の泣きムーブはあの後二回。負傷者が出なかったのも良き。
 マルタンの宣言に居合わせたゴーゴルは安堵と疲労のため息を漏らし。
「さっきアンタ疲れ切ってたけど、その後は?」
 ゴーゴルの様子を知っているフォニーは言葉を投げかけるや横目を流すが、既にいなくなっていた。
 魔族と人間の頭数は三割減。荷物とともに搬送の業者がいなくなったのと、負傷していなくなったのと。
 フォニーは半減するのではないかとすら思っていたので、この戦績は優秀ではなかろうか。
 裏方は残りの一時間の間で、うすぼんやり片付けに入る。
 家の中につまみのナッツやチーズや魔物の燻製肉を持っていくと、前に持って行った皿に少し残っているようだった。
 パラパラとするのもと、今持ってきた皿と置き換え、その脇にと思うや、美魔女はその残りを全てかっさらって皿だけにした。
「で、デロリノは?」
「ま~ね~、押さえれそうよ」
 小太りなほうのお兄さん。
「いつも思うけどさ、よくそんな軽く言えるわよね」
「それ、お前もな」
 兄弟間で何の話かと思っていると、ベータがこちらを見て手招きしている。
 顔を寄せると、
「魔界で時々起きる小競り合いの制圧の話だ」
 黙ってベータを見る。眼が据わっているような。
—————だいぶしんどいのかも。
 フォニーにこうして話を振らないと、しんどさに耐えられないのかもしれない。
 コップに水を注いでそっと渡すと、ベータはフォニーを見上げている。
 そんなベータに視線を向けないままフォニーは部屋を出た。
 『魔界の小競り合い』などと簡単に言うが、この庭どころの規模ではない内紛のようなもの。
 あっさり片付けるなどという真似は普通出来ない。飲み会のネタにされた反乱者たちはどう思っているのだろう。
 いや、どう思っていたのだろう、が正しいか。おそらく既にほぼ全員生きていない。
 ベータはこの話題を酒の肴にされるのをどう思っているのか。
 今年は飲酒解禁ということでグイグイ言っていたが、去年まではベータだけ素面だったわけで。
 そのまま付き合うのは辛かったかもしれない。弱った生き物を拾っては介抱してきたベータとしては。
 あの飲み会の話題と同じトーンで殺されていてもおかしくなかったフォニー。
 冒頭の、酒が入っていないタイミングで謝罪できたのは僥倖だったのでは。
 ここまでの7時間がダイジェストになったなら、どこを切り抜くのがいいのか。
 デミタスもゴーゴルも、今はみな人の形を保っている。
 小競り合いはもうほぼ起きていない。メンバー入れ替えがあったところもあるが、安定して進んでいるようだ。
 このまま、静かに宴席が終わってくれるのか?
「おい」
 びっくりして振り向くと、王宮魔法師だ。
「な、なによ」
「ゴーゴルを見たか」
「さっきその辺にいたけど、その後は知らない」
 少しだけ考えるような顔をした後、指をするりと中空で動かすと、光で文字が浮かび上がった。
「そうか」
 そのまま明後日の方向に歩き出した後、思い出したように、
「その文字、触るなよ」
 浮かびっぱなしになっている薄青色の文字は、風に揺られてふわふわと辺りを揺蕩っている。
—————なんでゴーゴルをそんなに探すの?
 何か預け物でもしたのか? にしては、王宮魔法師から逃げるゴーゴルはびくついていたように見えるが。
 首をひねるフォニーの様子を、マルタンが見ていたようだ。
「どうした?」
「いやね、3時間前にも、王宮魔法師の女がゴーゴルを探してたのよ。
 ゴーゴルは逃げてんだけどさ」
 マルタンは目の前の青色の文字を見て、目を剥いた。
「こっ、こっ、ああぁ…もうどうしようも…」
 文字の色が薄青色からオレンジに変わって、薄くなっていく。
「なに? あ、コレ? 王宮魔法師がちょろっと書いて置いてったんだけど。触るなよって言って」
「ああ。それで正しい。触るとな、馬に蹴られて死ぬ呪いがかかる古代魔法だ」
「古代魔法ね。なんでまた」
 文字が消え去った後で、
「ワシも分からん。兎に角強制力が強いから、もうゴーゴルは逃げられんだろう。何がいいんだろうな」
「どんな魔法なの?」
「放った魔法使いが会いたいと思ったときに会える魔法」
古代魔法というか、なんというか…とつぶやきながら立ち去ると、ふらふらとゴーゴルが出てくるではないか。
 後ろ頭が痒いのか、ずっと掻いている。
 辺りを見回すため首をきょろきょろさせながら近寄ってくるではないか。
 後ろ頭には光の文字。さっき魔法使いが書いていたのと同じようなものに見える。
「なあ、王宮魔法師のやつ、見なかったか?」
「さっきこっちに来て、この文字書いていなくなったわ」
 ゴーゴルの接近とともに光の文字は再び姿を現し、中空に浮かび上がっていた。フォニーがいうや否や、ゴーゴルに吸い込まれる。
 ゴーゴルには見えていないようで、光の文字を凝視していたフォニーに、なんかあったか? と首をひねっている様子。
 いきさつを話すと、ゴーゴルは黙りこんだ。
「なんかあったの?」
「何もなかったはず」
 ゴーゴルの口元がもごもごと動いている。
 どこかでこれと同じものを見たことがある。
 記憶をほじり、ピンときた瞬間、口をついて出た。
「あんた、記憶がない状態で目が覚めてベッドで一緒に知らない女が寝てた時の野郎と同じ顔してんよ」
 ゴーゴルはフォニーの口を思い切り塞いだ。
「声デカい!」
 周囲を見回している。
「何隠す必要あんのよ」
「キース様はそういうのが大嫌いなのだ!」
「上司の顔色伺ってんの? 魔族のくせにウケる」
 国やら王様やらに関わるとろくなことがないものだ。
 フォニーは気楽な泡沫魔族なのでその点安心。魔王の息子と知り合いになったことでさらに安心。大安心だ。
 道理でモフモフされていたと思ったら。
「何がいいんだ俺の」
「モフれる男もいいと思ったんじゃない?」
 王宮魔法師のしていたことと、この虎の魔族の言動。
—————どっちが魔なのか分かんないわね。

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