「どうっすか?」
「いりません」
迎えた週末の朝。いつもの業者らしい。
「バスルームのマットなら間に合ってます」
「いや、でも洗濯不要なんすよ?
程よく湿気をとってくれる調湿効果もあるんす、どうすか? 珪藻土マット!」
突然やってきて新たに仕入れたとのだと紹介しだしたその商品。
楽かもしれないが置きっぱなしにする必要がある。
来客だってあるかもしれないところに手入れが楽なものを設置するなんて不躾ととる人だっているだろう。
とにかく、
「不要なんで」
わざとらしくしゅんとした業者は、口をすぼめて、
「そっすか~…。
じゃ、また必要になられましたらぜひ!」
メリハリをつけて目を輝かせて商品をプッシュするだけしたと思うと、速やかに荷物をまとめて立ち去っていった。
一仕事終えてほっとしているユンの肩を、誰かがたたいた。
振り返るとジーだ。親指を立てている。
グッジョブということか。おそらくこそっと見てくれていたのだろう。
業者との契約云々はジーがやっているが、働き出して1週間もたたないうちに早くもこの程度のやり取りはユンに任されていた。
それにジーとの会話も、仕事の中身の意思疎通は難しいこともあるけれど、こういうのは慣れてきた。
あとはみどりちゃんと仕上がりを待つ制服だけだ。
今週末あたりと言っていた。
期待を募らせていたユンは今朝からなんだかテンションが高くなっていた。
初の週末で休みが楽しみなのもあるが、休みよりもみどりちゃんに会うほうが楽しみ。
前の職場で仕事の先輩や後輩との初顔合わせをしたときはこんな気分になったことなんて一度もなかった。
仕事を覚えながらなのにこんなにわくわくが止まらない。
昼食を終え調理場で一人皿を片付けながら思わず鼻歌が出そうになる。
食材の買い付けはまだだけど、調理はほぼ問題なくなったユン。
みんな各々の持ち場に戻ったから、調理場は静けさに満ちていて。
一通り仕舞い切った、その時。
ペタッ
ペタッタタタッ
あの音がする。
廊下からだ。
夜時々きこえていたあのペタペタ音が、背後の廊下から聞こえてくる。
このパターン、コビとシロヒゲの時と一緒じゃないか。
でもあと紹介されていないみどりちゃん以外、何もないはず。
とするとこのペタペタ音は、みどりちゃん?
というかそうじゃなかったら不審者だ。
振り返っていいものか?
ペタタタッ
音は遠ざかっている。
じゃあもうこの調理場の入り口にはいないだろう。
そう思って見るも、案の定何もない。
ダイニングのほうにも何もないのを除いて確認。
で、だ。
─────万一、不審者かもだし。
ユンは手を拭き、大急ぎでジーのところへ。
「あの!」
息を切らせて走ってきたユンに、ジーは目を丸くしている。
「さっき、なんか、背後で変な物音がして、その…」
ユンの要領を得ない説明に耳を傾ける。
「もしかしたら、不審者かもしれないので」
聞き手一方のジーの眉間に一瞬シワがよる。
が、そのあとちょっと間をおいて。
ジーは箒で履くようなしぐさをした。
「いえ、コビとシロヒゲじゃないです。
そんなんじゃなくて、ペタペタっていう、何かが張り付くみたいな」
ちょっと前のめりになってユンの一言を聞き逃すまいとしていたジーは、一気に全身の力を抜いていつものスタイルに戻った。
ふっと笑って、クビを横に振っている。
ということは。
「不審者じゃ、ない?」
大きくゆっくり首を縦に振るジー。
じゃあ、後はもう。
ペタタタッ
─────この音!
ペタタタタッ
なにかぺっとりと張り付いたものを剥がすような。
ペタッペタタッ
だんだん近づいてくる。
ジーはユンの向こうの、その近づいてくる何かを見ているようだ。
これはもう、そうするしかない。
ほぼ同時に、吹き抜けの階段の上から降りてくる、コーウィッヂの軽快な足音も聞こえていた。
ユンはその足音が階下までやってくるより先に、脂汗を掻きながら振り返った。
そこには確かにいた。
『僕と比べても小さめだね』
確かに小さい。
高さはユンの膝よりちょっと上くらいだろうか。
ただし横幅はその1.5倍。
『全体的に丸っとしてて、かわいいよ』
球体というか、楕円形というか、確かに丸っこいフォルムだ。
かわいい丸さと言えなくもないかもしれない。
『あとね、お肌がね、つやぷるなんだ。透明感すごくて』
本当にほんとうに、プルップルだ。ジューシーで、透明感どころか全身が緑色で透けている。
「あ、みどりちゃん!」
コーウィッヂの例によって素っ頓狂な声がする。
呆然と立ち尽くすユンの元に小走りで駆け寄ると、両手の平を前で合わせて、
「ユンさん、ほんと毎回ごめんね。
今日1階の掃除するときにって思っててタイミング外しちゃって」
「いえ…」
「改めて紹介するね。
拭き掃除・害虫駆除担当、スライムのみどりちゃんで~す!」